藤井聡太二冠、高校自主退学←「空間のギャップ」とタイトル防衛戦からの逆算か

2021年2月17日

藤井聡太王位・棋聖が、2021年1月末をもって通学していた高校(国立では唯一の併設型中高一貫校で知られる名古屋大学教育学部附属高校)を自主退学していたことが報じられた。

退学の理由は「将棋に専念したい気持ちが強くなった」というもの。東京五輪男子100mに集中するためではなかった。

なお、出席日数は足りていたものと推測される(参照:藤井聡太二冠、高校の単位は大丈夫? 出席日数と曜日別対局数)。

空間のギャップ

世の中、昼間あるいは夜間に通学しながらアルバイトに励む高校生はたくさんいるだろうが、将棋のタイトル戦をこなしながら通学する高校生はあまりいない。

「将棋のプロの世界」と「高校」はまるで別の空間で、一人の人間がこの2つの空間を往来するためには、その都度、劇的なスイッチの切り替えが必要になるはずだ。

南洋の島と雪国を毎日往復するようなもので、使われている言葉すら違ったりする(例えば、将棋の世界で日常用語化されている「それは定跡」「受けがない」のような言葉は、他の世界では通用しない)。

この「空間のギャップ」は、ある程度までは人間的な成長を促したり精神の鍛練になったりすることがあるのかもしれないが、ギャップがあまりにも大きくなった場合、もはや、無為であったり害悪であったりするのだろう。

そこまでして卒業する意味が…

名古屋大学教育学部附属高校ともなれば、卒業のためのノルマは決して低くはないはず。それをクリアするためには、それ相応の時間とエネルギーを費やさなければならないのだろう。

藤井聡太七段の高校が「特別扱いしない」方針なのは立派(てか妥当)

それでも、そこに一定以上の価値を見出すことができれば、「そのために費やす」ことも考えられたのだろうが、論理的にそこまでの価値を見出せなかったことの他に、感覚的な「ギャップの大きさ」も意思決定に影響を与えたのではなかろうか。

「自分とは違う世界」との認識が日増しに強まれば、卒業のために費やす意欲は逓減していくと考えられる。

(例えば、学校長が元奨励会員とか、担任がアマ名人とか、世界観を共有できるものがあれば違ったかもしれない)

おそらく、タイトル防衛戦の日程からの逆算といった技術的な理由も相まって、「ここが限界」というギリギリの線が2021年1月だったのだろう。

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