王座戦第4局 △5五銀は「魔の一手」にあらず(Mr. サンデーを視聴して)
2023/10/15夜放送の「Mr.サンデー」(フジテレビ)で、藤井八冠誕生局の終盤、122手目、藤井竜王・名人が指した△5五銀を「相手を惑わす魔の一手」などと評していたが、的外れと言うべき。
AIの最善手
曰く、「AIの最善手は△2二玉だったが、それだと先手は▲4一銀ほか複数の手段で勝ちがある。
それに対して△5五銀だと先手が勝つ手段は、(ほぼ)▲4二金しかない。藤井竜王はあえてAIの最善手△2二玉ではなく、相手のミスを誘う△5五銀を選んだ。これが藤井流の勝負術だ」というもの。
そもそも前提がデタラメ
「藤井竜王・名人はなぜAIの最善手を指さなかったのか?」という問いがそもそも的外れ。
対局者は将棋ソフトを見ながら指しているわけではないので、AIの最善手が何であるかを知らないし、藤井竜王・名人といえども、長考して指した手がAIと一致しないのはごく普通に起きていること。
「AIの最善手を指さない=相手の意表を突く」ということでもない。
意図してAIの最善手を指さないことで相手の心理を揺さぶっているかのような言い草は、藤井聡太を神格化しすぎと言わざるを得ない。
※むしろ、AIの最善手のほうが「意表を突く」系の手になる頻度は高いし、また、不利な局面でもAIと同じ手を指し続けたほうが勝つ確率は圧倒的に高い(※AIの駒落ち上手はプロの駒落ち上手より強い)。なので、相手を惑わすことと、AIと一致するしないは無関係。
「下駄を預ける手」とはそんなもの
では、122手目の△5五銀とはどんな手かと言えば、俗に「下駄を預ける手」と言われる手で、「半ば負けを観念しつつも、万が一相手が間違えたらいただき」というもの。あきらめつつも一縷の望みを託す、町道場のオッサンでも指す性質の手で「魔の一手」という類の手ではない。
※一応、4四の地点にも利かしたことで、先手の狙い筋の一つを消す意味はあったが、この程度では「魔の一手」とは言い難い。
この「下駄を預ける手」というのは、相手が間違えなければ「即負けにつながる手」なので、AIの上位候補手に上がってこないのは当たり前。逆に「万が一」が起きて相手が間違えた場合、必敗が必勝に変わるのだから、AI評価値上、劇的に変化することになる。
「見えない力」「天運」
プロ(ないしプロ級)の人の中で、△5五銀を殊更に持ち上げる人がいないのは、直後の▲4二金以下の簡単な勝ち筋がすぐに浮かぶからで、それを逃した永瀬王座の思考プロセスの方に関心があるからと思われる。
※仮に▲4二金が多少なりとも難しい手だったら、「△5五銀は相手を惑わす魔の一手」でもおかしくなかったが、▲4二金は指しにくい手でも気が付きにくい手でもない。むしろ「この一手」に近い手。
永瀬王座がその▲4二金を逃した理由としては、本譜▲5三馬が「結構イケてる手」だからというのが第一に挙げられる。
ただ、そうだとしても、やはり第一感は▲4二金になりそうなもので、秒読みとはいえ、1分もあれば、勝ち筋を発見するのには十分すぎると思われるところだった。
ところが、なぜかそうはならなかった…
このあたり、勝負の世界に長くいる人ほど、「目に見えない力」であるとか「天運」のようなものを挙げているように見受けられるが、それが一番腑に落ちるというべきかもしれない。
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