叡王戦第5局「▲9七桂は相手の読みを外してミスを誘った手」があり得ない理由
2021年度の第6期叡王戦五番勝負第5局。藤井聡太二冠が勝って最年少三冠王を決めた一番の終盤・103手目の▲9七桂。
[Youtube] ▲9七桂デタラメ見解を斬る! AI超えに非ずほか
この▲9七桂に関してはリクエストがあったので、「▲9七桂に△5六歩だったらどうなるか?」のYoutube動画をアップし、その中で、「▲9七桂は、(▲5五角と比べてどうという話ではなく)あとの手が分かりやすく間違えにくい実戦的な好手」という趣旨の私(ブヒブヒ星人)の見解を示した。
水匠4 +983(藤井優勢)
白ビール +441(藤井有利)
それに対し「いや、▲9七桂は、1分将棋の中、意図的に相手・豊島叡王の読みを外すことでミスを誘った手だ(それによって勝負手を指させなくした手だ)」といった趣旨のコメントが複数寄せられた。
だが、この見解(?)はあり得ないと断言できる。
※「結果として」豊島叡王が1分では納得のいく対応ができないことはありえても、藤井二冠がそれを狙って▲9七桂を着手することは状況的に考えられない。
優勢な側が考えるべきこと
将棋の基本的な考え方として、「劣勢な側は、相手が間違えない限り、将棋の神様でも勝てない」というのがある。
※これは不変の原理であって、「優勢・劣勢とはそういうもの」なのだから議論の余地はない。
つまり、ひとたび形勢に差がついた将棋では、優勢な側は「いかに間違えないか?」が勝つために必要なことであり、劣勢な側は、「相手に間違えてもらう」ことが逆転勝ちするための必要条件になる。
なので、叡王戦第5局の終盤、相手のミスを誘うべき立場にあるのは、劣勢の豊島叡王の側であって、藤井二冠は相手のミスを期待する立場にはなく、自分がミスしないことに留意すべき状況にある。
間違えないためには…
優勢な側が「間違えない」ためにすべきことは、紛れの少ない局面(分かりやすい局面)にもっていくこと。紛れが少ない局面とは、「単純な手の連続で勝てる」とか「複雑な変化がない」といった局面のことで、これを「分かりやすい」と表現したりする。
勝負手を指させなくするには?
劣勢な側に有力な勝負手(優勢な側が対応を間違えそうな手)を指させないためには、優勢な側は、上記、「分かりやすい」局面にもっていくことであって、相手(劣勢の側)のミスを誘うことでも相手の読みにない手を指すことでもない。
※相手が読んでないであろう手を指したところで、自分もその手を読んでいなかったら、勝負手を指される以前に、即、逆転される可能性すらある。
「相手の読みを外す」とは?
俗に「相手の読みを外す」とか「相手の読みにない手を指す」と言うことがあるが、これを意図的に行う場合というのは、「このまま普通に指し進めると、自分が悪くなる(負ける)」と考えられる場合(で他に適当な手が見当たらない場合)、半ばダメ元で普通でない手を指すことをいう。
※自分が悪くなる変化は、当然、相手も読んでいるという前提。
※相手の読みを外したつもりでも、その手は相手も読んでいる可能性はあるし、相手が読んでなさそうな手ほど「自爆」の可能性は高まるので、かえって相手を喜ばせる結果にもなりうる。
まとめ
叡王戦第5局の終盤・102手目の局面は、先手・藤井二冠は自身の優勢を自覚していたはずで、考えるべきは「どうやって勝ちにたどり着くか?」だったはず。
水匠4 +1696(藤井勝勢)
白ビール +1131(藤井優勢)
考えていたことは、「勝ちにたどり着くための自分自身の手」であって、その手が相手の読み筋かどうかなど問題にならない場面。
①「この順で勝ち(ないし優勢キープ)」⇒その手を指すだけのこと
②「この順では逆転される」⇒他の順を探る⇒①
※①に対し、相手(豊島叡王)が「このままでは自分は負けるので、変化しなければ」と考えて繰り出すのが「読みを外す手」。
仮に、藤井二冠が当初▲5五角と指すつもりが、予定を変更して▲9七桂を指したとするなら、「▲5五角より▲9七桂のほうが簡単に勝ちにたどり着ける」という判断があったからで、殊更に「相手の読みを外す意図」などあろうはずもない。
また、豊島叡王にとって▲9七桂が予期しない手で納得のいく手を返せなかったとしても、それは、▲9七桂の効果の一つであって、そこに向けて▲9七桂が着手された理由には全くならない。
いっしょに読まれています
ディスカッション
コメント一覧
はじめして。私はアマチュア三段の愛好家ですが、全くの同意見です。最近はあまりに安易な神格化がひどいですよね。それで再生数を稼いでいるyoutuberがたくさんいて辟易しています。あと97桂を否定すればするほどアンチに見られるのもなんというか、もどかしいかぎりです。
( ´∀`)人(´∀` )ナカーマ ユキーエ
AbemaのAIでは評価値が下がったわけで、気になるのは9七桂に対してより良い応手をすれば5五角よりも複雑な順に進んだのでは?という点です。
その場合は9七桂はAI越えどころか、(おそらく時間によって)見逃された悪手という可能性があるわけで、そのあたりどうなのかがとても気になります。
▲9七桂には△5六歩がありますが、動画の通りです。時間があったら別の動画も投稿してみようかなと思いますが、将棋ソフトを見ても見なくても、▲9七桂は▲5五角よりもシンプルで、このあとの指し手が間違えにくい手だと思います。もっとも▲5五角にもそれなりのストロングポイントはあるのと、人間感覚的に勝ちやすい手がソフトの最善手になるとは限らないのとで、評価値はまあこんなものかなという気がします。
ブヒブヒさんの視点は冷静かつ客観的だと思います。
思い込みの激しい人が頭の中で作り出した
勝手な藤井聡太像を押し付けてくるコメントには
辟易させられますね。
贔屓の引き倒しとはこのことです。
そうですね。「▲9七桂は意図して相手の読みを外したから凄い」みたいなのは、さすがに飛躍し過ぎで、逆にそれで勝てるなら苦労しないという気がします。